『証拠保全の実務』と現場

証拠保全の現場でのみ仕事をする私と違い、裁判官にとっては証拠保全は日々の実務の一環です。しかし、証拠保全を担当する機会が裁判官、裁判所によってまちまちであると聞いたことがあります。法的な記述はともかく、現場で具体的な状況になった際にどうすべきか、それを体系化したのが書籍『証拠保全の実務』(一般社団法人金融財政事情研究会 刊)です。2015年に電子カルテなどの状況を踏まえた新版になっています。現場で裁判官(あるいは書記官)がカバンから取り出し、今の状況にどう対応すべきか、紐解いているのを何度も立ち会っています。

内容は大きく『物語』と題したストーリー仕立ての証拠保全の流れとQ&A方式の解説の2つで構成されています。特に後半の解説のほうがボリュームも大きく、実際には現場で役に立ち、カメラマンとしてもほとんど言及することはありません(あえて言うなら労働問題にページをもっととるべきだった、くらいでしょうか)。

前半のストーリーについては証拠保全が全く初めてでなければ重要ではないと思いますが、反対に証拠保全が初めての場合はいくつか誤解を生みそうな記述もあるため、架空のものとは存じ上げた上でこの場で私の考えを述べ、指摘させていただきます。

まず、p32「ある程度の分量があると思いますが、大量というほどではないと思います」p48「診療録分が全部で76枚ありますね」という記載ですが、提出されたカルテの量が少ないです。本件は3歳児の手術で入院が6ヶ月あるとのこと(あくまで架空です)でしたが、電子カルテであればこの10倍は少なくとも存在します。反対に、本件のような案件で76枚しか診療録が出てこないようであれば隠蔽や出力ミスを疑われます。当然、本件と同様の撮影依頼があった場合、私であれば証拠がかなり大量であることを前もって覚悟して臨みます。

次にp37、検証物目録に不備が多いです。6項目しか記載がなく、『その他同人の〜』で補う算段なのかもしれませんが、一方でp29に『検証物目録はできるだけ詳しくしたほうが相手方にもわかりやすいし』との記述があります。本書内に記載された情報だけでももっと具体的な目録を作成できると思います。

また、電子カルテについては一括出力で印刷されたもののみを検証していますが、印刷されないものもあるのが普通の電子カルテであり、これでは不足です。最後にカメラマンがフィルムで撮影している点も疑問でした。本書が改定された2015年にフィルムカメラを使用しているプロカメラマンがどれだけいるかと考えると疑問です。そして、撮影後の取り扱いが面倒なフィルムよりもデジタルのほうがミスや紛失も少ないです。

あとは本件のあったとされる2014年にレントゲンをフィルムで保存している貴重な病院がどれだけあるのかな、など色々細かい点もあるのですが、一応、このあたりはギリギリありうる話なのかなという思いで読んでいました。

もちろん、上記の点は全て架空の話だから、で済むことです。しかし、2015年当時のことを思い返しても私が感じている現場の感覚とは幾分離れているなというところがあり、また、前述した通り、証拠保全の機会が少ない方がこれを読んで誤解が生じないようにと個人の考えを書いたものです。